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仕事と人生、そして家族

仕事と人生

 

 

人の人生は、突然終わることもあるのだなぁと 当たり前のようなことを、あらためて感じています。

 

 

突然こんな話で恐縮ですが、昨日私の学生時代の友人の奥様が亡くなられたのがきっかけです。

 

 

その友人は、私が結婚のことで迷っている時に、勇気をくれた恩人でもあります。

 

 

奥様が病気だったと知らされたのも、つい最近の事でした。

 

 

病気になってからはお会い出来ないままでしたが、必ず何かしらやりたかったことがあっただろうと思います。

 

 

友人はもっと前から病気の事は知っていたでしょうが、病気になってから奥様がやりたがっていたことを実現させてあげるのは、奥様の体力の問題もあり 難しいですね。

 

 

友人は、サラリーマンが嫌いで、50歳近くになってから “整体” を学んで 家から遠い観光地などを中心に施術をしていました。

 

 

ですから、普段から家族一緒の時間が少なかったでしょうし、何人の方を癒せたか で実入りが違うのでしょうから、なかなか休むこともできなかったと思います。

 

 

友人は子煩悩ですから、一生懸命身体を張って仕事をして、家族に楽しさを提供できる事を夢見ながら原資を作っていたに違いありません。

 

 

どのくらい提供できたのかは、あまりにも気の毒でとても尋ねる事など出来ませんが、温泉地などに掲げてある整体の料金表を思い起こす限りでは、結構苦しかったのではないかと推察しています。

 

 

奥様の近くに居れる時間の多い仕事を選べば良かったと、悔やんでも悔やみきれない、やるせなくて奥さんに申し訳ない気持ちで、胸が破裂しそうなのではないでしょうか。

 

 

人にはそれぞれ寿命があります。

 

 

私は、人の運命 と言うものを信じる人です。

 

 

阪神淡路大震災で被災し、家を亡くした女性が心機一転、横浜に引っ越してきたのですが、たまたま乗り合わせた地下鉄で “毒ガス” を吸い、亡くなりました。 
( 東京新聞の記事だったと思います。)

 

 

地下鉄サリン事件の犠牲者の一人です。

 

 

運命 という一言で片づけるつもりではありませんが、そんなことを考えざるを得ない新聞記事でした。

 

 

 

ですが、私も含めてどんな運命を背負っているかなんて、誰にも分りません。

 

 

与えられた寿命が尽きる前に、

 

たくさんの物を見て
たくさんの音や声を聴いて
たくさんの人と接して会話して
たくさんの人に愛情を注ぎ
たくさんの人から愛され
たくさんの感情に涙して
たくさんの地域に行ってみて
たくさんの・・・

 

欲張りでしょうか ?

 

 

 

人は、何らかの形で接した分だけしか感情は豊かにはなりません。

 

 

豊かな感情の分しか 喜びや悲しみを感じられません。

 

 

たくさんの喜びや悲しみを感じたいから、人は仕事も趣味も 様々な場面で頑張るのだと 私は思います。

 

 

感じる瞬間は、自分が素の時ですよね。

 

 

旅行、芸術鑑賞、汗びっしょりのスポーツ、楽器演奏、スキルアップの勉強、気ままな散歩、買い物、  楽しみも 人それぞれですね。

 

 

出かけるなら、人が少ない平日の方がいいです。

 

 

素になって楽しむためには、誰にも干渉されないしお尻の時間も決まっていない、自由な時間とお金が必要です。

 

 

 

 

仕事は、自分が何をしたいかで選ぶものだと信じています。

 

 

過去の私は、
仕事を選ぶとき ( 転職の時 ) は、生活できる給料 通える距離 休日の日数 嫌いな仕事ではない 正社員として雇ってもらえそう  ・・・
そんなことで選んでいました。

 

 

やりたい仕事を選ぶのは難しい時代です。

 

 

多くの方も、私のようになりがちだったのではないかと思います。

 

 

勤められる会社も少なくなっている昨今、

 

 

何をするための仕事なのか は、これからの時代、さらに重要なことと感じています。

 

 

仕事が私の主人 ( 仕事のために自分たちの生活が振り回されている ) では、ダメなんですね。

 

 

 

素の時間、 自由を手にするために、  それが実現できる仕事は何か ?

 

 

サラリーマンでは、ほぼ間違いなく・・・不可能です。

 

 

先の友人の選択も、目的が『家族との自由』という事であれば、難しかった訳ですね。

 

 

物凄く頑張っていても、それでも後悔されてるという現実を真摯に受け止めてみると、

 

 

私が掲げている “5つの自由を手に出来る” 仕事をもっと紹介したくなります。

 

 

 

 

仕事をしている時間は集中するにしても、それが 一日8時間も12時間も また本来の休日までも行わなければならないような仕事を選択しないようにしたいものです。

 

 

友の家庭のご不幸を取り上げるのは 不謹慎で失礼なことかもしれませんが、一生懸命にひたむきに頑張っていたのを知っているだけに、どうしても書きたくなりました。

 

 

この、あまりにも悲しい現実を目の当たりにする人が、少しでも減ることを願っています。

 

 

突然に終わりの時が来ても、より後悔のない人生を送るために・・・

 

 

 

 

 

お悔み 申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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