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仕事と人生は切り離そう

人生を仕事から解放する

 

 

仕事と人生の関係・・・どちらが優先?

 

 

以前のサラリーマン時代、幸か不幸か転職してたくさんの業界を経験しました。

 

 

生活のために仕事が必要でした。 
仕事によって人生が決まるというか、仕事に合わせた人生になっていました。

 

 

一般的な転職の場合、『経験を少しでも生かせるように』 と言うか、
自分の過去が無駄にならないように、
そして新しい職場でも少しでも早く実践活動が出来るように、
同じ業界や同じ職種に就くことが多いかと思います。

 

 

私の場合少し変わっていて、
「どうせ仕事変わるんだから、全く新しいことを経験したい」
と言う考えで、前職とは関係のない業界ばかり渡っていました。

 

 

その良し悪しはここでは置いておいて、お墓の業界に居たことがあります。

 

 

仕事の内容は、お墓を必要とする人たちに近くのお寺を紹介するというものです。

 

 

事前にお寺のご住職に話を通しておく必要があり、私はいろいろなお寺のご住職と交渉するのが仕事でした。

 

 

お寺さんは、檀家や檀家になりそうな人にはとても丁寧で親切です。
(中には、そういう人達にさえも高飛車に接するご住職もおられますが・・・。)

 

 

ところが業者には結構冷たいんですね。

 

 

 

お墓やお寺という、
どちらかと言うと家庭内のご不幸のお陰で利益を上げているような業界ですので、
そこで仕事と結び付けようとすると、まず嫌な顔をされるところから始まります。

 

 

ご住職によっては、「まずは一発怒鳴りつける事にしていた」と言う方もいらっしゃいました。

 

 

私は何を怒られているのか分からないことが、よくありました。

 

 

お墓の業界では、私のようなお寺と交渉する係の実績と言うのは、3か月に一か寺見つかればいい方です。

 

 

簡単に言えば、平均すると89日不毛な日々が続くわけです。

 

 

そんな日々で毎日に希望が見えてこない中、入るなり怒鳴られたらどうでしょう。

 

 

たいていの営業さんは、
ご住職のお怒りの言葉を全部聞き終える前に
『お邪魔しました、失礼します』と言って、次のお寺に向かうんですね。

 

 

私は少し変わり者でしたので、必ず一通り聞いていたんです。

 

 

怒鳴りながら、『こいつ、なんか違う』 と思い始めた様子が、ご住職の微妙な表情の変化から読み取れるんですね。

 

 

怒鳴りながら、奥の本堂へ案内し始めるんです。

 

 

「あんたみたいなのは、初めてだ。」とか言いながら、
ベンツに乗せてくれて昼ご飯をご馳走しに連れて行ってくれるんです。

 

 

そういうご住職に限って身体は大柄です。

 

 

そうなんです。

 

 

傍から見ると、
” 大柄なスキンヘッドが運転するベンツの助手席に乗るいかにも弱そうなおっちゃん “
ベンツのセールスマン?
そっち関係のお抱え弁護士?
裏で取り仕切る男?

 

そんな物珍しそうな目で見られます。

 

 

それはそれで、新しい刺激が楽しかったです。
またそんな仕事のお陰で、ご住職の考えていることを話してくれることが度々ありました。

 

 

小さい頃から住職になることが決められていた人。

 

兄貴が継ぐはずだったのに、兄貴はとっとと出て行ってしまい、しょうがなくて継いだ人。

 

自宅がたまたまお寺の前にあり、毎日お寺の様子を見るような生活の中で、住職と言う職業に憧れてこの道に入った人。

 

悪いことをしてしまい、反省の気持ちからこの道に入った人。

 

 

様々な人生が、住職と言う職業にもあるのだと知ったのでした。

 

 

それだけに、
お墓や死後の世界、お布施や檀家との付き合い方、寺の経営と収入、お布施の使い道、戒名の付け方  
聞いてはならないようなことまで聞いてしまう羽目になりました。

 

 

全てのご住職がそうではないのですが、
死後の世界を信じていない住職もおられるんですね。

 

 

少し前に流行った歌では無いですが、『お墓に先祖はいないよ』と はっきり言われたこともあります。

 

 

また『お墓は遺族の人たちの心のよりどころだな』と言われたこともあります。

 

 

お葬式と戒名代としてもらったお布施、なんと120万円を全てロシア女につぎ込んだ住職もいました。 この方のお寺の本堂には、ご本尊様の裏手に小部屋が設けられてました。
本人の解説では、” そのため” の部屋なのだそうです。

 

 

そうかと思えば、亡くなった方のご遺族から丸々二日間 
故人の生きざまを聞いてから、その故人に相応しい戒名を授ける真面目なご住職もおられました。

 

 

仏教の教えを何とか今の時代にも役立ててもらおうと、
積極的に勉強会や催し物を計画したり、
夏休みや冬休みに小学生を集めて、
荒療治風の合宿を開催して精神面で協力しようと頑張るご住職もいらっしゃいました。

 

 

住職とは困っている檀家衆や地域の住民に、
耳を傾ける職業というイメージを持っておりました。

 

 

人によって違いはあるでしょうが、
考え方や生活が一般市民より倫理的にまっとうであってほしい職業かと 勝手に考えていました。

 

 

仕事 = 人生  特にこういった職業の人はそうだと思っていました。

 

 

生活や考え方そのものが “ 教え” に沿ったもの かと思いたい気持ちがたくさんありました。

 

 

違うんですね。

 

 

そんな風に思われるのは有り難いかもしれないけれど、迷惑みたいです。

 

 

仕事は仕事と割り切っている方も結構いらっしゃるようですよ。

 

 

必死にご自分の煩悩とまともに闘っておられる修行僧のような方もいらっしゃいましたが、残念ながら少数派です。

 

 

一般人が出入りできる場所にあるお寺には、
もっと庶民的な方が住職になるしきたりでもあるのかもしれません。

 

 

真剣に戒名を考えてくれるご住職も離れの建物には、
高級なオーディオルームがあり、
始めたばかりの趣味は、ラジコンヘリコプター   
お寺の境内で飛ばしてます。
車はベンツとBMW。
多趣味なお金持ちって感じです。  収入源は100%お布施。

 

 

私は個人的に複雑な気持ちでありましたが、
『代々ご先祖様の時代からお世話になった』
こんな気持ちを失いたくないとも思っています。
また、無くなってはならない職業 との思いも強く持っています。

 

 

とは言え
宗教家を神聖化しすぎていたのでしょうか?
仏教界だけではないと思いますし、
冒頭にも書いたように必ずしも好きで就いた職業ではない人もいるわけです。

 

 

人の道を教えるべき立場の職業とされる住職や、たぶん牧師さんたち。

 

 

全員でないにしても、意外に仕事と人生を切り離しておられるようです。

 

 

 

住職でさえそうなのに
ましてやサラリーマンにとっての仕事とは、どこまで人生に絡んでくるのでしょうか。

 

 

人生が、仕事の僕 (しもべ) になっていませんか?

 

 

仕事こそが、人生の僕のはずです。

 

 

人生を楽しみ、家族が安心の笑顔でいられるためにも、仕事を振り回すようにならなくてはなりません。

 

 

生きるため、
生活のために、
仕事中心の、
仕事に振り回される人生は、
やめにしなければ 永遠に幸せなんて、安心なんて訪れません。

 

 

サラリーマンをヤメにするために、
出来ることから行動に移して準備しましょう。

 

 

職を奪われ、年金の少なさに驚いてからでは遅いです。

 

 

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早めに準備しておいた方が良いことは、たくさんあります。

 

 

『人生を仕事から解放する』

 

 

このことに気づいて行動に移せたから今の私があります。


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