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高齢者の事故は社会の責任では?

高齢者と社会

 

高齢者の交通事故

 

 

最近高齢者の交通事故が増えています。

 

 

以前は時々しか発生してませんでした。

 

 

アクセルとブレーキを踏み間違えた
高速道路の逆走
認知症

 

 

なぜ、今増えているのでしょう。

 

 

申し合わせたようにあっちでもこっちでも、そんなことに流行りがあってはたまりません。

 

 

『自分は大丈夫』という自信も良し悪しです。

 

 

昔は家族の人数が多く、爺さん婆さんは若い人が送り迎えをしていましたし、「危ないからもう乗るのはやめろ」と止めてくれる家族がいたはずです。

 

 

今は、長年の連れ合いが居るかいないか、一人暮らしです。

 

 

自分が老いている事への実感は少ないのかもしれません。

 

 

衰えていくと言うのは悲しいことです。

 

 

誰でもが老いていくのに、それが素晴らしいとか別の喜びを得られるとか、そんな社会がいまだに作られていないのは 如何なものでしょうか。

 

 

勉強しなさい
勉強して良い会社に入りなさい
会社で立派に勤め上げて、老後は年金でゆっくり楽しみましょう。

 

 

そんな教えを受けた私たちの未来は、実は作られていなかったんです。

 

 

バランスのいい社会とはとても思えません。

 

 

老後と言われる年代にならないと楽しめない、仲間に入れない、ある意味特権階級のようなものを設けたら素晴らしいと思うんですよ。

 

 

自分で運転しなくても楽ちんな体制、運転しない方が楽しいような環境。

 

 

アフィリエイトで得られる自由の中の一つに、時間 があります。

 

 

サラリーマン時代には到底得られない時間。

 

 

活動の場所も制限されないことも、何度も書いてますね。

 

 

そんな私たちが、一人で自由もいいのですが、そんな生活への移動が間に合わなかった先輩方や、私たちの近未来の社会、これからの人たちへの遺産 と言う意味も込めて、得られた時間でそんなことも作っていきたいと願っています。

 

 

もちろん、サラリーマン時代に大成功出来なかった私ですから、まだ何にも具体的な構想はありません。

 

 

この世界に入ろうとしているたくさんの仲間の方と一緒に、何かこしらえたいです。

 

 

自由の五つ目 “心の自由” にもつながるものと信じています。

 

 

お金はサラリーマン以上には稼げるものの、トランプさんほどは考えていません。

 

 

そんなに贅沢も必要ないですし、今更無駄な贅沢に喜びを感じるとも思えません。

 

 

小金持ちで充分。

 

 

それより、『こんな私でも世の中の役に立っている』という思いの方が、はるかに大きな喜びかと思います。

 

 

あくせく仕事に追われる身であれば、自由な時間もありませんから所詮は思いだけで終わるのでしょうが、

 

 

パソコン一つで稼げるようになれば、そんな活動も出来るようになります。

 

 

出来てしまった自由時間を持て余し、あえて時間を必要とする仕事を見つけた場合は別ですが・・・

 

 

 

 

時間があるからと言って、無理に遊び続ける必要はありませんが

 

 

遊んでもいいですし、趣味に没頭するのもいいです。

 

 

今まで出来なかったことは山ほどあるのですから。

 

 

ですが社会問題の中にも、私たちの時間を投入できる場所がある事を頭に入れておいてもいいのではないでしょうか。

 

 

より、充実した老後になると思います。

 

 

そんな大それたことも、考えられるようになりました。

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