60歳。多くの人が「節目」と感じる年齢です。
私もそのひとりでした。
定年を迎え、それまでの忙しい日々から一転、
急に時間に余裕ができる。
最初は「自由だ」と思ったものの、ふと気づくと、
何のために毎日を過ごしているのか分からなくなる瞬間が増えていきました。
社会とのつながりが切れる寂しさ、
人との会話が極端に減る孤独感——これまでの仕事の中で感じたことのない、
深い空虚感がそこにありました。
そんなある日、ふと目にした「介護職員募集」のチラシ。
今まで全く関わったことのない業界でしたが、
心の中で何かが動いたのを覚えています。
自分の時間を誰かのために使えるかもしれない。
そんな気持ちが、次第に「やってみよう」という思いへと変わっていきました。
未経験でもできる? 不安だらけのスタート
もちろん、介護業界は未経験。
身体を使うし、汚いこともある、きついとも聞いていた。
最初は正直なところ、「自分にできるのだろうか?」という不安しかありませんでした。
でも思い切って資格取得のスクールに通い、介護職員初任者研修を受講。
週に一度、真剣に勉強しながら実技もこなしていくうちに、少しずつ自信が芽生えていきました。
驚いたのは、同じように未経験で介護職に飛び込んでくる人が意外と多かったことです。
中には私より年上の方もいて、
「定年後の人生を人のために使いたい」と志す仲間がいることに、
心強さを感じたのを覚えています。
対人スキルが活きる場所
私は以前、営業職をしていました。
日々さまざまな取引先とやり取りをし、人との距離を縮める会話術や空気を読む力を磨いてきました。
介護は、まさに“人と向き合う”仕事です。
利用者さんとの信頼関係を築くための声かけ、
ちょっとした表情の変化に気づく観察力、
相手のペースに合わせた接し方。
まったくの異業種にも思える介護の現場でも、
営業で培った対人スキルが思いがけず役立つ場面が多く、
「過去の経験は無駄ではなかった」と実感しました。
苦労もある、でも“やりがい”がある
介護の仕事は正直、大変です。
体力も使いますし、便の処理やお風呂介助など、
キレイごとでは済まされない場面もあります。
時には暴言を吐かれたり、理不尽に叱られたりすることも。
こちらは丁寧に接しているつもりでも、
認知症の症状などで意思疎通がうまくいかないことも少なくありません。
でも、そんな日々の中で「ありがとう」と言ってもらえる瞬間があります。
握られた手の温もり、ふとした笑顔——それだけで疲れが吹き飛ぶこともあるのです。
私はこの仕事を通して、「人の役に立てる」という実感を強く持てるようになりました。
前職では数字や評価のプレッシャーばかり感じていましたが、
今は目の前の人に喜んでもらえることが、何よりの報酬になっています。
役職もない、部下もいない。
これがどれほどの解放感を生むか
久しぶりの一兵卒。
自分のやるべき仕事のみに没頭してもいいのです。
この、ある意味『気楽』さが、
新しい仕事に打ち込める一つの理由にもなっています。
これは“罪滅ぼし”でもあるのかもしれない
私はこれまでの人生で、たくさんの人に迷惑をかけたり、
嫌な思いをさせたりしてきたと思います。
過去に戻って謝ることはできませんし、
今さら頭を下げても相手を困らせてしまうだけかもしれない。
でも、せめて今の自分が誰かのために汗をかき、少
しでも役に立つことで、ほんの少しでも“償い”ができればと考えるようになりました。
そう思うと、毎日の仕事にも自然と気持ちがこもるようになります。
定年後こそ「人生の本番」
社会の多くは、定年後の再就職に対して“おまけ”のような印象を持っています。
給与もぐっと下がり、役職もなくなり、
まるで「もう戦力外」と言われているような気分になることもあります。
でも私は、定年後こそが「人生の本番」だと感じています。
目の前の人に向き合い、
自分の経験を活かし、
誰かに感謝される仕事ができる——こんなやりがいは、
現役時代にはなかったかもしれません。
まとめ:未経験でも、遅くても、人の役に立てる
介護職は、いつも人手不足です。
だからこそ、興味がある方は一度、
地域の介護施設を見学してみてください。
見学を受け入れてくれるところも多いですし、
現場の雰囲気を感じるだけでも、一歩を踏み出す勇気につながるかもしれません。
「もう年だから」「未経験だから」と尻込みせずに、
自分の人生を新たな方向に切り開くきっかけとして、
介護という選択肢を知ってほしいと思います。
60代で人生を大転換させることは、決して遅くありません。
むしろ、人生の後半だからこそ、深くて温かい経験ができるのです。